臨床心理学ことはじめ① 〜臨床心理学とは何だろう?〜

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「臨床心理学」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?

臨床心理学という言葉自体に馴染みがなくても、臨床心理士やカウンセラーならまだ知ってるよ、という方も多いかもしれません。なるほど確かに、この認識はなかなかいいところまできています。そうです、彼らがまさに治療の現場で用いているのがこの「臨床心理学」という学問なのです。

ではその臨床心理学とは一体何なのでしょうか。端的に言ってしまえば、

人間の行動や考え方などを、さまざまな心理学の知識を用いて良い方向へと変えていこうとする学問

が臨床心理学なんです。

この記事では、身近にありそうな例を一つあげながら臨床心理学の全体像を見ていこうと思います。皆さんもきっと、この例のような状況にある人を見たり、聞いたりしたことがあるはずです。

身近な例で考える

早速ですが、次のようなケースを考えてみてください。

Aさんは中学二年生ですが、最近はなんとなく不登校になりがちで、授業にもついていけなくなってしまっています。Aさんの通っている中学は進学校で、出席も生徒の自主性に任せるタイプの自由な校風の学校です。「なんとかして学校に行けるようになりたい」と思ったAさんは、学校のカウンセリングルームに行ってみることにしました。カウンセリングでAさんは、自分に自信がないこと、昔から嫌なことが頭から離れない性格をしていること、最近友人とうまくいっていなかったことなどを話しました。また、カウンセラーがAさんのお母さんにも話を聞くと、どうやらお母さんにも昔、不登校の時期があったことが分かりました。

さて、Aさんはなぜ不登校になってしまったのでしょうか?

「Aさんに自信がないからじゃないか?」「学校が生徒の面倒を見ないからだ!」「母親の遺伝さ」「友人関係が原因では」などなど、多くの意見が出てきそうですね。

皆さんがこのような多様な意見を持ったのと同じように、心理学者の間でもまた意見は分かれます。例えば、人間関係を専門としている社会心理学者であれば、Aさんの不登校は「友人関係のもつれによって心身が不安定になったからだ」と言うかもしれません。

Aさんの場合、本人の悩みは「学校に行く」という行動がとれないことでした。この行動を変えていくために、カウンセラーは心理学のいろいろな知識を駆使します。

例えば、皆さんにも先ほど考えてもらったように、Aさんが不登校になってしまっている原因はいろいろ考えられます。同じようにセラピストも、友人関係が問題だと判断してAさんに友人のことについて聞くかもしれませんし、本人の考え方の問題だ、と言ってAさんの物事の考え方を変えていくようにカウンセリングするかもしれません。

そして、友人関係がいかに本人に大きい影響を持つかについての理論は社会心理学が、人間の物事の考え方がいかに変わるかについての理論は認知心理学という分野がたくさんの知識を持っています。つまりカウンセラーは、こういった様々な心理学の分野の知識を用いて、Aさんの行動を変えていくことが出来るのです。

臨床心理学の定義

ここまで理解した皆さんなら、きっと次のような小難しい臨床心理学の定義も同じように分かるはずです。アメリカ心理学会によれば、臨床心理学とは、

心理学の原則を用いて、人間機能の知的・感情的・生物学的・社会的・行動的な側面をよりよく理解し、それらを改善するように努める学問

であるとされています。

ここで「心理学の原則」とは、様々な心理学の分野の理論、もしくは知識のことです。また「人間機能」は、その人が持っている、日々スムーズに生活していくための能力のことをいいます。Aさんの場合、「登校する」という能力が十分に発揮されていなかった、つまり登校するという機能がうまく働いていなかったのだ、というように臨床心理学では考えるんですね。

そして「側面をよりよく理解」するとは、例えばAさんの不登校という行動を多くの心理学の知識で、つまり多様な側面から説明できたように、様々な心理学の知識を用いてその人間機能を理解する、ということを意味しています。

このように、臨床心理学は様々な心理学の知識をベースにして成り立っている、ということがこの定義からもよく分かりますね。

最後に

今回は、臨床心理学が一体何を目的としているかということについて例を挙げながら説明しました。でもこのままでは、臨床心理学はただの元ある心理学の知識を寄せ集めて応用しただけだ、ということになってしまいます。

実は、臨床心理学にはこういった理論を利用するという側面だけではなく、新たな理論を提供するという大きな側面もあるのです。個々のカウンセラーがそれぞれの実践で得た個人的な経験は、カウンセラー独自の技術(これを「技巧」と呼びましょう)として洗練されていきますが、この個人的な「技巧」をどうすればより多くの人が使えるように理論という一般的な形にしていけるのか、ということもカウンセラーは考えなければなりません。

次の稿ではこの、臨床心理学を語る上では欠かせない「技巧」というコンセプトについて、詳しくお話したいと思っています。

今回のまとめ

  • 臨床心理学は、人の持つ行動や考え方などの人間機能を改善する学問
  • ある人の持つ、生活のための能力を人間機能という
  • 臨床心理学には、新しい理論を提供するという役割もある